Still Rising?

うわ、すごいサボってるな。
日記書いてる場合じゃないという状況が続いてるんで…。

それはそうと、GW最後に衝撃的なニュースが届きまして。
ライジング・ハイのオーナーにして中心アーティストだったカスパー・パウンドが33歳という若さで亡くなったという。
カスパーとは何度も会っていて、ロンドンの伝説のテクノ・パーティーKnowledgeに連れて行ってもらったり、Pheonix Festivalにライジング・ハイ・クルーとしてバスに同乗して行ったりしたこともあった。当時はしょっちゅうロンドンに行っていたので、その度にポートベローからてくてく歩いてオフィスに行くと歓迎してくれてたくさんプロモをもらった。UKだとUniverseって大型レイヴが盛んだった時期だし、欧州のトランスの流れと結びついてロンドンのテクノのシーンも一番活発だった。そんなところにずかずか土足で乗り込むような変な日本人はほとんどいなかったから、珍しがられたんだろう(同じようにその周辺にいてかわいがられていた珍妙な在英日本人のひとりがYO*Cだった)。

彼らのビジネスのやり方はお世辞にも誉められたものではなかったし、カスパー自身若くして成功したからか、常にもくもくとジョイントをふかして、最後の方はいつも鼻から粉を吸ってるような印象しかないんだけど、だらしなくてもいいかげんでも憎めないヤツだった。フロッグマンを立ち上げた頃は、我が事のように喜んで、「フロッグマンUKをやらせてくれよ」って言っていた(その話は、ハートハウスとケンカ別れしてネタが減って困っていたからの苦肉の策という側面もあり、契約直前まで行ったら怪しいデブでダブルのスーツみたいな経営者のオッサンが出てきてしかも後ろの席でカスパーはいびきかいていて「絶対やばいぞ」という確信を得てお断りしたんだけど)。

ライジング・ハイ倒産後は、地道にヒップホップを作ったりと再起をかけていろいろやってるという噂を聞いていた。もう一度あれだけの成功をというのは無理だったにしても、彼の音楽的嗅覚みたいなものは、ジェームス・ラヴェルなんかと比べても遜色ないものだという感じがしたし、ヒプノティストがなければジェフ・ミルズの「Chages of Life」もなかったし、RHCの「Fever Called Love」がなければハードフロアがあそこまでメジャー的人気を獲得することもなかったし、そもそもホームボーイ…がなければジャングルやドラムンベースのあり方も違ったかもなどと考えると、もっとリスペクトされてもいい存在だったように思う。

報を聞いても不思議と特別な感情が沸き起こるようなことはなかったんだけども、あれから十余年、随分遠くへ来てしまったなと思うと自分のやってきたことも含めて虚しいような悲しいような、そんな気持ちになる。


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