日米CGアニメ対決

ずっと前に試写に行っていたのに時間がなくて書けなかった『スキャナー・ダークリー』と『鉄コン筋クリート』のことを。『鉄コン』は今日から公開だからね。

以前紹介したように、『スキャナー・ダークリー』はリチャード・リンクレーター監督の執念の力作で、一度実写撮影した映像をすべてコンピュータ上でデジタル・ペインティングしてのっぺりとしたアニメ表現にしているというかなり実験的な作品。このロトスコープというある意味古典的な技術を、しかしここまでのレベルで全編に渡って採用したのはやはりキチガイ的所作と言えるだろう。CNETに制作の裏側を綴った記事があるので読んでみれば、その悪夢のような作業が想像できるかもしれない。
もちろん、麻薬捜査官が同僚にもその正体を明かさないために常に身につけているというスクランブルスーツをビジュアル的に表現するためにこの技法が必要だったのだという言い訳は、制作過程のそこかしこで使われたと思うが、ひとによっては気持ち悪くなるとか眠くなるとか、あまり映画にとって好材料でもない副作用をもたらす例が多数報告されているのに、この酩酊感たっぷりの映像にこだわったリンクレーターにはやはり拍手を送りたい。筋書きやトリップの描写、登場人物のキャラクター、そしてラストのディックの言葉の引用に至るまで、あらゆる意味で原作にリスペクトを表したこの作品は、やはり映画自体がダウナー系の麻薬であるかのような非現実感を醸し出す必要があったのだと。PCでトレーラーを見ているレベルでは全然気にならなかったのだが、大画面で長時間この映像を「楽しむ」のはかなり無理がある。アクション的な場面ではスピード感も糞もないし、あらゆるシーンで実写のキャメラにおける奥行きだとかメリハリだとか一切ないから感情移入がしにくくくて世界から拒絶されるような感覚を受ける。もしかしたら初めてアニメを観たひとたちもそういう違和感をおぼえたのかもしれないが、キアヌやウィノナ目当てで“ちょっと変わったSF映画”程度の認識で映画館に行ってしまったら、寝るか怒るか、そういう反応をするだろうか。
だから、DVDなりで発売されて、家庭のモニタで何度も見るとか、気に入ったところだけ(冒頭の虫が身体からわいてくるシーケンスとか、ジャンキーの日常のどうしょうもない会話の描写が冴えまくってるシーケンスとか)再生するとか、そういうひとが増えて改めて評価される映画なのかも。
僕はわりと、コントロール可能な遊園地的な遊びが好きなんだけど、とことん曲がってるのが好きなひとも世の中にはたくさんいるし、そういうひとはとっても好きだと思います。この映画。

曲がってるという意味では、御大・森本晃司が手がけた悪魔的なクライマックスの描写がある『鉄コン筋クリート』もそうなんだけれど、こっちはどこまで行っても優しい感触が残ってるんだよね。それは、監督のマイケル・アリアスの性格的なものが反映されているからなのかもしれない。
当初はフル3DCGのアニメとして企画された(そもそも、マイケルがソフトイマージ社で“トゥーン・シェーダー”という技術を開発したのだ!)この作品だが、紆余曲折を経てマイケル自信が監督するということになって以降は手描きのアニメーションにシフトしたようだ。それでも、スピード感あふれる描写、特に背景の処理やカメラの処理においてCGやデジタル技術がすごく活躍しているので、この作品もCGアニメだと言ってもまったくの嘘ではないだろう。
膨大な人手が必要で、なおかつごく少数の天才的なアニメーターに過度に依存する形でしかすばらしい作品が生まれなかったかつてのアニメの世界から、もっとシステマチックに均質の良作がつくれないのかという課題が生まれ、コンピュータこそがそれを解決するのだということで、個々に手法の違いこそあれ、CGのアニメというのがたくさんつくられるようになってきた。マイケルは日本に長いこと住み、乱れまくったこの国の言葉も丁寧にしゃべるし我々自身も忘れかけてるこの国の古い文化も愛してくれているアメリカ人で、一方でデジタルな技術や表現に精通しハリウッドでも仕事をしてきたヒト。そんな彼が日本の職人芸的アニメの匠をたっぷり使って、一方で彼のアイデンティティーでもある音楽(Plaidがが全編担当!)やいくつかの職においては海外のスタッフを引き込んで、ここまですばらしいデビュー作を撮ってしまったというのは、日米対決という部分ですごく興味深い。宝町の町としての存在感や空気感、そこに住むひとびとの立ち居振る舞いもすべて日本人であるからこそ郷愁を感じるようなものかと思っていたのに、どこか客観視していて、なおかつそれが冷めた目ではないところがすごくファンタスティックな自由度をこの作品に与えてくれている。二宮和也蒼井優という「ちょっとアイドル的な芸能人の起用?」とアニメファンだったら危惧をしそうな声優のチョイスにしても、見終わったらもう、この二人以外には考えられないと思うほどはまっていて、それ以外の濃い役者たちも含めてバラバラになってしまいかねない個性をよくぞ舵取りして、ここまでひとつの世界に束ねたなと感心してしまう。
試写の後に、すごく真摯にひとりひとりに言葉をかけていたマイケルと少し話して、どれだけ大変な思いを経てここにたどりついたのかなと想像して、思わず握手する手にも力が入ってしまった。もし、映画が好きだったら、誕生秘話が明かされた今月のInvitationの山下卓氏の原稿を読むことをオススメする。とってもプライベートな視点で書かれた記事で、これも作品同様マイケルの人格や、周りのひと、特に原作者の松本大洋(彼のインタヴューも載っている)との関わりが暖かく伝わってくるから。

臆面なく突っ走ったエンタテインメントを何本もやってヒットを飛ばした後にここに戻ってこようと思うリンクレイターの変態加減も、それにつきあうVIPな俳優たち(どこぞの情報によれば全員逮捕歴があるらしいが…)も、素面では共有できないヤバさを抱えてると思うんだけど、それは内向的であるが故にほとんど拡散しないじゃない。『鉄コン』で、マイケルが日本のアニメの素で飛べる快楽みたいなものを全部体得して、誰にでもわかるレベルで解放しちゃってるのを見て、あぁっっこっコレはまじでやばいぞ…と、心から思った。そこで表現されてるのが人間の業とか、生と死とかいろいろどろどろしてっから、余計ですよね。

スキャナー・ダークリー公式 http://wwws.warnerbros.co.jp/ascannerdarkly/
※がんばってるのはわかるが重い、見にくい……本国サイトすげーのになぁ

鉄コン筋クリート公式サイト http://tekkon.net/
※ちなみにこの作品のデザインまわりは、草野剛