企業というアイデンティティー

年末から移動が多かったので、何冊か本を読んだ。
『ジェニファー・ガバメント』というSF的設定の豪産刑事小説がおもしろかった。
ルーニーとソダバーグが映画化するという帯が目に入って買ったんだけれど、行き過ぎたマーケティングと資本主義が世界を牛耳る近未来で起きる殺人事件を巡る女捜査官の話だった。登場人物のファミリー・ネームがすべて勤務先企業の名前になっている(例えば、悪役のひとりはジョン・ナイキ)ことと、航空会社のマイレージ制度に端を発する巨大な企業の融合体が世界を二分しているという設定が興味深かった。
日本じゃ自分の属している会社がアイデンティティーになっているという現象はいまだ根強いものだから、まったくの絵空事とも感じられないし、そもそも「ミツイ」という会社(ザイバツの三井とは別、でもその名が作者の頭のどこかにはあったかも)の人間として日本人が登場するので、終身雇用と家族的なつきあいを良しとする日本の異様なカイシャシステムがヒントになっている可能性すら感じられる。

『AC3』をやったとき、佐藤大が未来に戦争を起こさせるなら、巨大コングロマリット化した企業同士の争いにしなければ!と主張して、元あった設定を全部チャラにしてこの話と似たような世界を皆で話して作っていったことを思い出したりもした。

多彩な登場人物のバラバラな行動を丁寧にひとつずつ追っていって最後はそれがきれいに一本の線にまとまるエンタテインメントとしてのおもしろさもさることながら、そこにNRAの危険性とか、マクドナルドやナイキといった米国企業の搾取の仕組みとか、広告や証券の「虚業」的な虚しい側面とか、幼少時から味覚や生活習慣を決定づけようと教育現場に進出するコークやペプシといった飲料会社の企みとか、CBSドキュメントとかを見ているとお馴染みの社会的な話題が巧妙に入れ込んであって、非常にリアリティーがある。

同じように管理と消費コントロールの行き過ぎた社会を映像化した『マイノリティー・レポート』は、実在の企業の未来の姿を登場させていた。でも、あの映画を見てトヨタやGAPに嫌悪感を覚える観客はそんなにいなかっただろうから企業も積極的な協力を惜しまなかったと想像できる。しかしこの作品は…いくらフィクションとはいえ、ソダバーグは映画化に際して、ナイキやマクドナルド、ましてや狂気の私設軍隊と化しているNRAを実名で登場させられるんだろうか。ほんとにそれをやってのけたら、それだけで観に行くけど。