別れの言葉

これまでの経験を思い返してみても、あんまり気持ちいい別れ方というのはなかったように思う。そもそも別離はどっちが勝つとか負けるとかそういうもんじゃなく、痛み分けなんだけどそれがどの程度の割合で分配されるのかっていうことだというのも正しいと思うし。だから原因が一方的でしかもそれが他方には知らされてないとか理解しがたいようなものだった場合、わからない側は痛みの比重が自分の方にかかりすぎてるって感じて戦ったりするわけだ。誰だっていいときには全部シェアね、とかむしろ相手のために奉仕しちゃうなんて気持ちで溢れているだろうから、突然苦痛は全部貴方が請け負ってねって巨大負債残して倒産みたいなことされちゃったら困惑し、次第に怒りがこみあげてくるはず。相手が実際にどーしょーもない悪だったりしたら、戦うことで相手にも相応の痛みの負担をおわせることは可能かもしれない。でも人間同士のつきあいなんてそんな単純なものではないから、戦いを開始することで傷口がひろがって自分の側の痛みも増えちゃったりしてな。

お仕事でいろんなひととつきあっているとそういう(少なくとも自分にとっては)意味不明の別れ方をされるようなことは意外に多かったりする。

それまではいい感じだなぁと思っていたのに突然「次」がなくなって、しかも連絡しようとしても完璧に無視されるとか(電話でない、メール返事ない、伝言頼んでも音沙汰ない)、実現困難そうな企画でもどうにかカタチにしようって頑張っていたのに「連絡します」と言ったままプッツリと途切れるとか、プレゼンだけさせられてOKともNGとも何の連絡も来なくなったと思ったらとうの昔にまったく別のひとに決定していたとか…。しかも、ウチの仕事の形態ってほとんどが依頼があって初めて成立するもの(自分たちから企画を持ち込むようなケースはかなり希)だから、そっちから頼んできてあんだけやらせといて、シカトかよ!ってことになる。 国内だけじゃなくて海外でもそういうことはたまにあるけれど、西洋人の方が冷たく感じても理由を明確にしてビジネスライクにバシッと書面でお断りっていうことを平気でしてくれる。そういう方が気持ちはいいし、反省材料にもなるものだ。名の通った一流企業の社員であっても、日本人相手だと意味不明の別れ方がまかり通ってると感じるのは、そういうイヤなことを後まわしにしたり、ドライにきちんと説明するってことが全般的に苦手なひとが多いからなのかもしれない。

その後一切会うこともないならいいかもしれないけど、狭い世界でまたどこかでっていう可能性もあるわけじゃないですか。もめるとか意見が衝突するとかなら、話し合ったりいつかは許し合えたりする可能性もあるけど、その機会すらないという場合は痛みの記憶だけがずっと残って増幅していくだけだから、再会したとしても修復するのはすごく困難だと思うんだけどね。単になめられているだけなのか?

最近も、請われてスタートしてずっと原稿を書いてきた『remix』って雑誌の編集部からいきなり連絡が来なくなった。毎月のレヴューと、たまに取材記事ってくらいのスタンスだったが、それにしてももう5年以上とかに渡って仕事していたのに。昔は編集者が取り上げるレコードの撮影するのに現物を借りに来ていたのが、コピーしたものでいいですとなり、そのうちジャケ写の撮影まで自分でやるようになっていた(デジカメが普及したから)。原稿ももちろんメールで入稿だし、編集者がやることは楽になっているはずなのにだんだんと扱いがテキトーになっていく。それこそ、どういうものを取り上げるか電話で相談することもない。こっちが忙しいと思って遠慮しているのかもしれないし、実際原稿のアップも予定より早いなんてことは滅多になかったのだから偉そうなことは言えないが、ワン・オブ・ゼムである以上は、つきあいの濃い相手の仕事を優先したり力を入れたりするのは人間として当然で、事務的に締め切り通知がメールで送られてくるだけで、上がっても感想もなければ次への展望も反省もないんだったら、こっちだってだんだん優先順位が下がってしまう(内容の質ということでないけれど)。

だから、そういう蓄積でやめようとなったのだったら、別にこちらにだけ非があるとは思えない。
むしろ、別のところに原因はあるのだろうけど、もしそんなものがあるのだとしたら、金銭的な問題に起因することだけだろう。編集部に対して何か文句を言った記憶は、原稿料を払ってくれということと、あとは相手の手違いで間違いが記載されてしまった(ジャケと原稿の場所が違うとか)ことくらいだ。大手の出版社でさえ、単行本の印税率を下げるだとか印税の支払いを刷りベースでなく実売ベースにするとか相当苦しい状況になっているという噂を聞くし、財政的に苦しいということもあるのかもしれないが、零細企業をやってるのはこっちも同じだし、気持ちは痛いほどわかっても、言わなきゃ一生払われないかもしれない仕事の対価を請求するなんて当然のことじゃないか。もしそれが原因で連絡が来なくなったのだとしたら、情けないというかなんというか。

大昔、『シティーロード』って雑誌が会社ごとつぶれて、原稿料が未払いのまま回収不可能になった経験があるけど、そのときだって編集者(友達だったから状況が違うかもしれないけど、今アウトバーンにいるひとたちだって、俺は友達だ−少なくとも単に仕事上だけのおつきあいの連中でない−と思っていた)は懇切丁寧に無理ってことを説明してくれて、別に怒るでもなく、今までその事件は記憶の片隅に眠っていた。一言挨拶してくれれば、気にやむこともないのに、なんでそういうことをするのか、本当に理解できない。