消えゆく宇田川町の灯り CISCO全店クローズ




 最初に「渋谷のシスコ店舗が大幅縮小、1店舗に集約して新譜のみを販売」という報を聞いて、長年親しんできたテクノ店やハウス店がなくなってしまうという現実にとてつもない脱力感を感じてしまった。ただ、自分だって忙しさを理由に最近はほとんどの買い物を通販ですませてしまっていて、店に通ってアナログを掘ることをほとんどしてなかったので、あまりえらそうなことを言えた義理ではない。そもそもアナログ盤の新譜を買う量もかなり減っていたのも事実だし。
 ただ、心の中では勝手に、新しいDJ予備軍やヴァイナル・ジャンキーたちがたくさん生まれて、またそういう若い世代が食費削ってでもレコードを買いまくってるにちがいないなどと妄想していた。十代や二十代の多感な時期にDJする楽しさやクラブで踊る気持ちよさを覚えたのなら、誰だって一度は黒い塩ビ盤にフェティッシュなまでの憧れを抱くんじゃないのかと、そんな思い込みをもっていた。
 ここ数年で誰もダブ・プレートなど使わなくなって、頑固なガルニエのようなベテランまで多数のCD-Rをプレイしていたが、CDJの時代など一足飛びにジャンプしてあっというまにPCDJが普通の光景になってきた。ムードマンすらデータをプレイしはじめたという原稿を読んで、何かが大きく変わったのだと実感しはじめたのは、まだ今年の夏くらいのことだったろうか。テクノやハウスはまだ保守的なほうで、ヒップホップを志向する若者たちが一斉にデータを使ったDJにシフトしていったという話もよく耳にしていた。

 しかし…しかしだ…。世界に名だたる宇田川町のレコード店文化を象徴する店のひとつだったシスコが、こんなにもあっけなく姿を消すことになってしまうなんて、思いもよらなかった。決定が本部から店舗に伝えられたのが一般に告知する一週間ほど前だったというから、中のひとたちが一番焦ったし驚いたし喪失感を感じたことだろう。12月10日でいったんクローズ後、19日に再開というスケジュールが覆されて、全店が閉鎖、オンラインのみで営業するという完全実店舗撤退のニュースが広がってシスコのサイト上にも告知が載ったのは、ほんの一昨日のことだ。なんだろう、このあまりにも急すぎる展開は。


 オンラインのほうが圧倒的に利益率はいいのだろうし、だんだんとレコードを買うひとの数が減っていくなかで、将来への布石として大規模なリストラが必要と判断したのだとしたら、まったくレコード文化の火が消えてしまうわけでないだけよかったと思うべきなのかもしれないが、ただ必要なものを金銭と引き替えに手に入れるというだけの場所以上の機能をたくさん提供してくれていたリアルな店舗が失われることで、目に見えない交流や新しい創造のきっかけみたいなものが失われていってしまうのではないかと、やっぱり危惧してしまうわけで。

 あまりグダグダと文句ばかりを言うつもりはなくて、どの面下げてひとのことを語れるおまえなんだと突っ込まれてしまうとぐうの音も出ない。しかし…しかしだ……。

 あのテクノ店の壁面に刻まれた世界各国のDJたちのメッセージや感謝の念だったり、狭い店内に渦巻いていた小宇宙的な音の世界は、いったいなんだったのだろうか。94年のオープンから、十数年求めているものはそんなに変わらないはずなのに、なにが違ってしまったのだろう。

 香港や台湾に行って、クラブやパーティはたくさんあってもレコードはほとんど手に入らないという状況を目にした。現地のDJたちはわざわざ日本に買い出しに来たり通販ですべてをまかなうということを余儀なくされていて、ちょっとかわいそうだなんて思ったりしたのだ。ああ、そうだ、東京にいたって20年近く前だと、欲しいレコードを手に入れるために海外に出向いたりしたこともあった。またそんなような環境に戻っていくのかな。ネットで何もかも手にはいるなんて、まったくのうそっぱちだもんなぁ。



そういえば、テクノ店ではフミヤがいろんなひとと挨拶を交わしながら試聴していて、俺もちょこっと話したんだけど、思わず「でも、こんな感じでここで会うことももうなくなっちゃうんだな」と言ってしまった。口に出してしまうと、やはり重い。外では、テレビカメラを抱えた連中でひとだかりができていた。けばい女がいるなぁと思ったら、DJ KAORIだかがロケしていたらしい。どっかの番組が宇田川町の危機をレポートしに来たのかと思ったけど、そんなわけないじゃん。

http://www.cisco-records.co.jp/docs/stores/